廻れ廻れマニ車
しのげ!退屈くん
文:安田謙一画:辻井タカヒロ
2月11日、大阪は堂島にあるエルセラーンホールに「令和八年 関西演芸協会まつり」を観に行った。

入れ替え制の2回公演で、それぞれ異なる演者が出演している。1回目は31人(組)、2回目は34人(組)が代わる代わる芸を披露する。途中1時間の休憩と数回の中入りはあるものの、朝10時半から、夜8時半まで立て続けに寄席芸を楽しんだ。正確に言うなら、楽しんで浴びた。
多くの芸人は松竹芸能に所属しているが、松竹と関西演芸協会がどういう関係なのか、まだ私は知らない。
もともと名前を知っている人だけ書き出してみる。金属バットのラジオ番組で知った土方兄弟を筆頭に、パピヨンズ(ミヤ蝶美・蝶子時代からのファンです)、若井ぼん・梅乃ハッパ、青芝フック、桂福團治、かみじょうたけし、代走みつくに、桂ぽんぽ娘、チキチキジョニー、シンデレラエクスプレス、ちんどん通信社、タージン、田渕岩夫、海原はるか・かなた……あたりになる。そのほか、未だ名前を知らない芸人たちの芸を一日で一気に堪能できる、という目論見は、仏教施設でよく見る「マニ車」を廻しただけで経典を読んだことにする行為にとてもよく似ている。

宮史郎と名乗る見知らぬ演歌歌手が出てきて、「女のみち」を歌った。本家の没後、18年に二代目を襲名した弟子だそう。そのあとに予定されていた「ゼンジ—北京」も、なんとなくお弟子さんかなあ、と思っていたら、まさかのご本人が登場。86歳。お元気だった。捨て台詞のような喋りとともに展開される奇術、いや奇術という形を借りて繰り広げられる捨て台詞芸にはますます磨きがかかっていた。ボヤキ多めの漫筆家として、学ぶべきものしかなかった。
漫才、音頭、漫談、太神楽、手品、演歌、紙切……と、落語以外はすべて寄席では「色モノ」と称される多種多彩な出しもの。大きな芸から小さな芸まで、厳しい芸から温い芸まで、さまざまな出し物を見た。いくつかの芸には客席からおひねりが手渡される。芸に甲乙はないけれど、演歌歌手はおひねりを貰いがちなのに対して、曲芸師(渡す「間」が難しいのかもしれないが)が受け取るのを見ることはなかった。芸とはなにか。文字通り、「しのぐ」人たちを目の当りにすることになった。
女性ダンサーを従えてEW&F「セプテンバー」を歌うジェフリー・クエストからの、卑近美に満ちた林健二の歌謡ショウへの流れには痺れた。なないろ三味線の虹友美のラジカルな速弾き、亜空亜SHINによる中国の「変面」芸にも唸らされた。ラッキー舞が「出刃桜」芸で包丁を取り出すときにあがるヒヤッという声は客席にいてこそ聞こえるものだろう。
基本的にM−1をはじめとする漫才の賞レースはすべて好きで観ているが、そこに納まるわけもない漫才の数々も摂取出来た。
入れ替え時にドージマ地下センターでかきこんだ吉野家の牛丼だけで約8時間を過ごした。すっかり暗くなった帰り道は、かつてオールナイトで体験した明け方の一本を観終えたときの、爽快感と徒労感を思い出した。なんとなく、来年も実施されるなら、行ってしまいそうな俺がいる。

