
天使というより魔法使い
しのげ!退屈くん
文:安田謙一画:辻井タカヒロ
妻が何冊か古い公演パンフレットを買って帰って来た。
そのうちの一冊を、なんじゃこりゃ、と声に出して読みはじめる。
「私どもは昨年はじめより、不世出のボクサーといわれる世界ヘビー級チャンピオン、カシアス・クレイのタイトルマッチを日本で開催すべく計画を進めていましたが、すでに皆様ご承知のように、クレイの徴兵問題という障害のため、延引のやむなきに至っておりました。しかし私どもはなおも諦めず、いろんな方面から打開の道を探しておりますうちに、回教の大本山メッカ当局との接触が生じました」
と、このあたりで、ピンときた。あの、ショッカーの新総統を生成AIで作成したような、伝説のマルチ・プロデューサー、康芳夫の顔が脳内にむくむくと現れた。

読んでいたのは「アラビアン大魔法団」の日本公演のパンフだ。のちにネッシー探検、オリバーくん招聘、猪木・アリ戦の企画など、数多くの衝撃的なイベントの数々で昭和を昭和たらしめた康芳夫のハイパー興行師としてのひとつの原点ともいえるのが、この1968年の「アラビアン大魔法団」の来日ツアーである。同年2月から5月まで、北海道から九州まで全国31箇所での巡業が予告されている。
パンフレットには寺山修司も寄稿、(まだ観ぬ)この公演と自身の舞台「千一夜物語・新宿編」とを並べて論じている。魔法ファンとしてヘンリー・ミラーも写真入りで紹介されている。パンフには掲載されていないが、横尾忠則も同公演の秀逸なポスター・デザインを手掛けている。
魔法団のかおぶれ、として、団長=魔法師=モハメッド・アラジン、手品使い=ガリガリ、催眠術使い=カラカバ、蛇使い魔女ソラヤ、火のアラビアン・ダンス=プリンス・カリカリ、が紹介されている。
プログラムは「コーラン(聖典)の不思議」で幕を開ける。「一心にコーランを読経
している僧が突然コーランと共に宙へ」
………………もう、ええでしょう。
今となっては、そのすべてがインチキであったことが、康芳夫によってぶっちゃけられている。神秘のアラビアンの正体はドイツ人のプロモーターに斡旋された白人のロマ民族の人たちの顔を靴墨で黒く塗って、急造されたものだった。

康は著作「冥界へのメッセージ」(東京キララ社)で「三島由紀夫が家族連れで3回目に来たときは「馬鹿だ」と思ったね」とダメを押す。
松本清張もそんな「馬鹿のひとり」だったが、出し物のひとつ、ハンガリー人の魔術師が獰猛なワニにかけた催眠術に感銘を受けたらしく、康も「あれだけはアラビア何千年の秘術だったかもしれない」と感心している。
もしも現在、この公演が日本で同じように行われたら、まず間違いなく、その虚偽についてSNSで炎上するだろうし、逆にそれが話題となって……という展開もかんがえられる。想像していると、関西万博とどう違うんだ、という気持ちにもなる。
今回は一冊の古いパンフレットをネタに、しかも私は一銭も金を出さずに、原稿を書き上げた。これが私の小魔法。ピチカート・ファイヴの「マジック・カーペット・ライド」をBGMにお読みください。
