誠光社

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しのげ!退屈くん

Freedom of ’25

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しのげ!退屈くん

文:安田謙一画:辻井タカヒロ

 三日前から妻が実家に帰っている。

 朝からのバイトが早めに終わったので、今日は海で泳ぐことにした。水着一式はリュックに入れてきた。

 まずは昼を食べよう。明石駅にある山陽そばで「たこ焼きうどん 550円」の食券を買う。

 カウンターの中、店員ふたりがひそひそ声で、どこやっけ、と話し合っている。冷凍のたこ焼きを探しているのだろう。見て見ぬふりをしていると、たこ焼きが3つ入ったうどんが運ばれてきた。かつおの出汁が効いていて、これがなかなか旨かった。

 店内BGMでHANAの「Blue Jeans」が流れている。「ブルージーンズ、古いスニーカー」のリフレインは、この夏のサントラのB面2曲目に入れることにする。と言いつつ、ほかは空っぽだ。

 山陽電車に乗り換えて、今年2度目の林崎松江海岸駅で降りる。駅のベンチが日陰になっていて、そこに座る。誰もいないことをいいことに、かばんから日焼け止めクリームを取り出す。

 この夏、ずっと同じTevaのサンダルを履いていたら、紐の形に日灼けの跡がついてしまった。なんとも貧乏くさい。その焼けた部分にクリームを塗りこむ。サンダルを脱いだらそれ以外の部分が日灼けして……という知恵。それも貧乏くさい。

 去年まで2軒あった海の家のひとつは無くなっている。何年か前、台風の次の日に「行けますか?」と尋ねたら「大丈夫、大丈夫」と顔も見ずに答えたおやじがいた店だ。波は高く、全然、大丈夫じゃなかったが、やけくそで泳いだ。海からあがると、おやじは姿を消していた。

 唯一残った海の家に千円払って、荷物を預ける。あとでシャワーも借りられる。

 バケットハットとサンダルとペットボトルの麦茶を手にビーチに出る。いちばん端に立っている小さなパラソルを目印に、その近くにそれらを置いて、海に入る。

 海は遠浅だが、遊泳区域のブイが浮かぶあたりで急に深くなる。そこまで泳いで、ひと休み、ぷかぷか浮かんでは、また泳ぐ。浮かびながら、週のはじめに出たイベントでもらったトッパライのギャラのことを考える。思いがけなく、いい額だったが、その翌日に受けたMRI検査の受信料にちょうど変わった。思えば、こんな帳尻合わせを繰り返している。検査の結果が出るのは1週間あと。なんにも見つからなきゃラッキーだし、見つかったら見つかったでラッキーだ。

 泳ぎつかれてビーチに戻ると、バケットハットとサンダルとペットボトルが見当たらない。裸足で電車に乗って帰るのか、と途方に暮れていたら、目印にしていたパラソルの更に横に新しいパラソルが立てられていた。元の場所にちゃんと揃っていた。

 泳ぐ、ビーチで寝そべる、泳ぐ、寝そべる、を3度ほど繰り返して、シャワーを浴び、砂を落として家路につく。今日は8月15日だったことを思い出す。高校野球を見ていたら、忘れることもなかったな、と考えた。平和がなにより。もう正午を2時間過ぎている。今日の出来事を原稿に書こうと決めた。サンダルの日灼け跡はほんの少しマシになったような気がする。

 妻が帰って来るまでに書けました。