誠光社

京都 河原町丸太町 書店

編集室

花束

花束

7

和田夏十の言葉

無償でお互いを利用し合うことを愛って云いますか。

『和田夏十の本』「(無償でお互いを)」より

大学を出て就職をして、私が20代をかけて一番お金を費やしたのは、たぶん「ご祝儀」だと思う。

ご祝儀だけではない。二次会の参加費、式場までの交通費、宿泊代、そしてハレの場に相応しく着飾るための出費。合算するとたったの一回で、当時住んでいたワンルームの家賃の倍額を軽く超えることも少なくなかった。おかげで、少ない給料から財形貯蓄をしてコツコツ貯めたお金は、 30歳を迎える頃にはすっからかんになっていた。

特に20代の最後は、毎月結婚式に出席していた時期もあった。別に友人がものすごく多かったというわけではない。ただ、若かった私は頭に「馬鹿」が付くほど律儀だった。そこには「断って嫌われたらどうしよう」という不安と、自信のなさも含まれていたと思う。とにかく、招待された式には、 間柄の遠近を問わずすべて参列した。

忘れられない結婚パーティーがある。

念願叶って大手企業の社員と結婚したという、学生時代の同級生の披露宴だ。都会の一等地にあるホテルを借りた会場は広々として、場内に一歩足を踏み入れただけで主催者の気合いを感じた。

奥には一段高くなった高砂席が設えてあり、右端から左端まで視界に入れようとすると、扇風機みたいに顔を左右に振らなければならなかった。確か新郎新婦の背後には金屏風もあったと思う。こんな立派な高砂席は、テレビ画面の向こう側のものだと思っていたから驚いた。もちろんウェディングケーキも素晴らしく立派だった。まるでヨーロッパのお城のよう。私はこれ以来、段々に重ねられたケーキを見ていない。

主賓挨拶では、新郎の職場の上司がマイクを取った。しかし、そのスピーチは祝辞というより業績発表だった。「営業部長」と肩書きの付くその上司は、勤め先の営業実績や今後の事業計画をいちいち勿体振って述べ、結婚披露宴はたちまち株主総会の様相を呈した。おまけにニタニタと笑みを浮かべて、「新婦という素晴らしい伴侶を得たのだから」というよくわからない理由を付け、 新郎を遠く離れた外国へ赴任させることを匂わせて壇上を去った。

こんなのあんまりだ。自分たちの大切な門出を、会社の業績発表や辞令交付の場のように使われてしまうなんて。とにかく新婦の様子が気になった。私だったら耐えられない。もしかして、彼女は泣き出してしまうのではないだろうか。しかしこの日新婦が涙を見せたのは、違う場面だった。

「ここで、新郎から新婦へのサプライズがあります!」

司会が高らかにこう告げると扉が開き、新郎が一人で入場してきた。胸には真っ赤な、両腕に収まりきらないほどのバラの花束を抱えていた。

それを見た瞬間、高砂席に座っていた新婦は口元を両手で覆って驚き、わっと泣き崩れた。

嬉し涙だった。

新婦の幼い頃からの夢は、愛する人から100本の赤いバラの花束をプレゼントしてもらうことだったのだそうだ。それがついにこの日叶ったのだ。

きっと新婦はそのあと、100本ある真紅のバラの花束を抱えて人生最高の笑顔を見せただろう。ただ残念ながら私の記憶に残っているのは、この時の新婦の幸せそうな笑顔ではない。

二次会パーティー終了後の繁華街には、別れを惜しむでもなくただなんとなく去り難いムードが漂っていた。自分だけ先にどうやって帰りの挨拶を切り出そうかと考えていたそのとき、真っ赤なバラの花束は水色の紙袋に入れられて、少し離れた路面に直に置かれていた。

紙袋は100本ものバラの花の重みでひしゃげ、バラの何本かは今にも地面についてしまいそうだった。

そこに小雨がぱらついてきた。しばらくするうちに紙袋は雨に濡れて、だんだん色が変わっていった。

「ああ、あんなに濡れて、あの紙袋はふたりの家まで持つかなあ」

そう思いながらぼんやり見つめたバラの花の赤と、濡れて変色した紙袋の水色の残像が、今でも脳裏にこびりついて離れない。

初めて『和田夏十の本』を読んだとき、その時の心象がより強くなって目の前に現れた部分があった。

「無償でお互いを利用し合うことを愛って云いますか。なぜそんなことを聞くかって。どうもそういうことぢゃないかなって思い至ったからですよ、あの人たちが愛と思い込んでいるものの正体はこれなんぢゃないかと。 無償かあるいはお安く利用し合う関係。あの人たちの愛の内容にはその他に人情がいくらかと義理がちょっぴりと大量の自己愛が含まれているみたい。それで全部ね。多分。」

和田夏十はこうも書いている。

「相対の世界なのね。絶対がないんだわ。愛にしたって誓いにしたって努力にしたって絶対のものでしょ。理念があって発生したものなんぢゃないの。だけどそういうものでさえ相対的にしか扱わない世界があるんだってこと、人たちが居るんだってことがやっとわかったってこと、私に。」

私が結婚したことを大学時代の恩師に報告したとき、先生は顔をぬっとこちらに近づけてきてこう言った。

「梶谷さん、いいですか!結婚は!毎日!するもんなんです!毎日!結婚を!するんですよ! 結婚っていうのは!そういうもんです!」

ワインを飲んでいたせいか、目は血走り、ひげをたくわえた口の両端には泡がたまっていた。先生は明らかに何かに対して苛立っていた。でもそれが私に向けるものでないことはよくわかった。 私にとってこれはとてもありがたく、これ以上ないほど勇気づけられる祝辞だった。

「結婚」というものが何を指すかを一言で表すのは難しい。ただ私と夫で、毎日、していることがある。

それは手をふり合うことだ。

廊下の端と端で。キッチンのカウンターを隔てて。こたつの両側で。ひらひらと、どちらか一方が手をふったら、もう片方もふり返す。ただそれだけのことだが、実際やってみると案外楽しい。しかし結婚後、いつ頃から、どんな風にしてその慣例が始まったかは、今やもう定かではない。

芋づる式に、もうひとつ思い出すことがある。 たまに一人で飲みに行く店に、鳥のつがいのように必ず夫婦でやってくる老年の常連客がいる。

偶然カウンターで私と隣り合ったとき、奥さんの方がささやかな秘密を打ち明けるようにして、私にこう教えてくれた。

「長らく夫婦をやってみるとね、言葉や形で表せるものなんて案外大したことないってわかってくるのよ」

その肩の向こうでは、彼女の夫である男性が真っ赤にした額を光らせ、盃の酒をおいしそうに飲み干していた。