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和田夏十の言葉

私が子供を育てる一番の楽しみは、早く一人前にものの考えられる人間になって、大人になって、同じカマのメシを食べた者同士としてつき合いたいってことなの。

『和田夏十の本』「子供ぎらいはなぜ?」より

わたしの夫は、小学校の6年間だけで4、5回は骨折したそうだ。きっと無茶な遊びばかりしていたのだろう。あまりに頻繁にあるので、本人も、そして母親である義母も正確な回数は覚えていないらしい。人生で一度も骨を折ったことがないわたしからすると、想像すらつかない境地だ。

本人は「小学生男子なんてそんなもんだ」と言い張るが、義母にはただただ「お疲れさまでした」と言いたい気持ちでいっぱいになる。この人間ひとり大人にするのに、どれほどの気苦労があっただろう。

そんな義母は京都の山あいの町の生まれで、今も京都市内から車で数十分のところに暮らしている。

少し前の夏のことだ。

義母の生まれた町に遊びに行き、ふたりで川で水遊びをする子どもたちを眺めていた。水のきれいな大きな川で、水着姿の子どもたちが岩場から飛び込んだり、泳いだりしていた。

その様子を眺めながら、「楽しそうだけど、流されたりしたら危ないですね」とわたしが言うと、義母は「その流されるのが楽しいんやんか」と、いたずらっぽく笑って言った。

夫には弟が1人いるから、義母は兄弟2人の母親ということになる。小学校6年の間に数え切れないほど骨を折ってくる夫に加えて、男の子をもう1人も育てるには、これくらいのことは言えないとなあと恐れ入った。

わたしの母はというと、自分のことなど二にも三にも次にして、わたしと妹ふたりの行く先を身を粉にして耕し、おまけにアスファルトで舗装までしてしまうような人だった。

「この切り方が一番おいしいだけん」。桃を切るときは、皮を剥いた桃の身を削ぐように切って食卓に出す。しかし自分はそのおいしいところには手を付けず、ひとり薄暗いシンクの上空で、種の周りに残った渋い身を立ったまましゃぶるようにして食べていた。

今にしてみれば、あの時「お母さんもこっちで一緒に食べよう」と言えばよかったと思う。

わたしは母と一緒に桃を食べながら、「おいしいなあ」と言い合いたかった。おいしいものや、楽しいことを平等に分け合ってみたかった。

和田夏十唯一の単著である『和田夏十の本』(2000年・晶文社)は、彼女の死後、夫の市川崑の意向により出版されたものだ。

夫妻と古くから親交のあった谷川俊太郎が編者となり、1983年の和田夏十逝去直後に発見されたエッセイ、小説などの中から精選してまとめられている。

洗礼を受けたカトリックの牧師のことやテレビで見かけた著名人への所感、生活美学について、そして、愛や死について。まるで、目の前の相手に語りかけるように綴られた文章は、ただそれだけでなく、人の世に常にある真実を写す教典のようにも思える。

また、女性の立場から率直に述べられた意見は、半世紀近く経った今読んでみてもいきいきとして、ちっとも古びていない。

なかでも「母」という存在に期待される役割へ繰り返される異論は、とりわけ切実かつ犀利だ。

「忘れないでください、母親が抱くのは男の乳児だけではないのです。女の子もいます。聖母にあこがれるのは男性だけではありません。」「女性と母性は別のものであって、女性も男性と同じように、母性を求め続けている者だということを、知ってもらいたい。男性にも、女性にも。人間である限り、それは、女性も男性も同じだということを。」「人が母性に求めるのは、はっきり云えば、神性である。女性は神ではない。」

和田夏十は、ひとりの脚本家でもあり、同時にふたりの子どもの母親でもあった。この本で彼女は、自らの子育てをこう振り返っている。

「かわいいかわいい食べてしまいたい位かわいい、と思って育てなかったのが、私の育児の最大の欠点だったと、今なら反省出来る。でもその反省も少しだけ。なぜって、私は本当に一生懸命だったし、それなりには始終考えをめぐらしてはいたし、何よりも私は私だったんだから。
私が子供を育てる一番の楽しみは、早く一人前にものの考えられる人間になって、大人になって、同じカマのメシを食べた者同士としてつき合いたいってことなの。」

話は戻って、夫の母は大変な釣り好きで、海でも川でも、釣り道具を提げひとりで出かけて行っては、いそいそと釣果を分けてくれる。

春先、珍しいことに夫も一緒に義母の渓流釣りに参加したことがあった。そこで夫は、随分大きな魚を楽々と釣り上げたらしい。

「たまに釣りについて来たと思ったら、大した苦労もせんと、ものすご大きいの釣んねん」と、不服そうな顔で事の次第を話す義母が可笑しかった。

それは、わが子というよりはライバルに向けた言葉と言ったほうが似合っていた。

「昔っからそういうとこあんねん」

心底悔しそうにそう言って、長年のライバルを称える義母の姿に、子育ての大トロの味わいを見た思いがした。