誠光社

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甲斐みのりの焼きそば道楽

焼きそば的なナポリタン

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甲斐みのりの焼きそば道楽

文:甲斐みのり写真:村上誠

 最初に阿佐ヶ谷駅前〈喫茶 ギオン〉の「ナポリタン」を食べたのは20年以上前。学生時代を過ごした関西を離れて上京し、阿佐ヶ谷の北側に住み始めて間もない頃だ。メニュー名はナポリタンなのだけれど、一般的に喫茶店で親しまれている、ケチャップの酸味がきいた昔ながらのナポリタンとは全くの別物。「どことなく富士宮やきそばに似ている……」と地元の名物を思い出したのが第一印象。ほどよく固く茹でた麺のところどころに焼き目がついて、もっちりと香ばしい。「焼きナポリタン」と表現しても差し支えがないほどにしっかりとした炒め具合で、麺の上にのった大きなハムもこんがりジューシー。私はこのナポリタンがとてつもなく好物で、なにか大きな仕事が一区切りすると、「今日はギオンでナポリタンを食べてよし」と自分を甘やかす。

 焼きそばというものを、“焼いた麺”とより広義にとらえることで道楽を広げる私には、ギオンのナポリタンも焼きそばの仲間。よく東京観光にやってきた友人・知人をいざない、”私のとびきりのお気に入り”として味わってもらうのだけれど、「ギオンのナポリタンは焼きそばの親戚である」と熱く語る私の思いをみな広い心で受け止めてくれる。「焼きそば的なナポリタンととらえる感性は理解できる。しかしこれはもう『ギオンのナポリタン』というひとつのジャンルだ」と讃えてくれる人もいた。

 たまねぎ、ピーマン、マッシュルームの具材が入ったギオンのナポリタンは、一人前170gと量が多い。大きな白い皿には、みずみずしいグリーンサラダとマヨネーズを和えたタマゴもともに盛り付けられ、そのボリュームに初めて目にする人はわっと驚く。麺はたっぷりだけれど、最初にサラダを食べることで重苦しさを感じることなく完食できる。

 ギオンのナポリタンを独自のものにあらしめているのが、40回以上レシピを改良したという自家製ソースの存在。玉ねぎ、セロリ、数種類のきのこなど複数の食材を細かく刻み、じっくりと炒めてから、赤ワイン、トマトケチャップ、フォンドボーを加えて5~6時間煮込む。それから3日間寝かせて味を整え、オーダーを受けて麺に絡める。深いコクが尾を引く仕上がりは、マスターの長年の研究の賜物だ。

 私のギオンでの最高の贅沢は、大好物のナポリタンと、ブランデーグラスになみなみと注がれたイチゴジュースのダブルオーダー。ファンシーなブランコ席や、絵画が映えるピンク色の壁。銀河のような照明が天井にまたたくカウンター、愛らしく造花で彩られた中央線の高架側の窓……。メニューとともに、マスターならではの美意識に溢れた店内の設えも、私がギオンを好きな理由。それからちょっとした自慢なのが、ピンク色の壁に囲まれた窓辺の席で、ピンク色のイチゴジュースと、ナポリタンを味わっていたところ、ピンク色の衣装に身を包んだ阿佐ヶ谷姉妹が、窓の向こうを通り過ぎるのを見かけたこと。