誠光社

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いいなアメリカ ジョンとポールが歌うランディ・ニューマン

ママ止めたじゃない

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いいなアメリカ ジョンとポールが歌うランディ・ニューマン

「いかが?ウィスキーをばウォーター
 かシュガーをばティー」
おい なんてクレイジークエスチョンすんだよ俺に
酷えな こんなパーティ見たこともねえ
点けんなライト もう何も見たかねえ

ママ止めたじゃない
ママ止めたじゃない
ママ曰く「楽しめるわきゃない」

オープンアップだウィンドウ 空気入れ替えろルーム
淀んだ酷え匂い ムッとする窒息しそう
にシガレットスモーキン ゾッとする死にそう
オープンアップだウィンドウ 空気吸わせろ

ママ止めたじゃない
ママ止めたじゃない
ママ曰く「楽しめるわきゃない」

あっ レディオの騒音で誰かがドア
おいホステス 駄目だ床に伸びてんもう
酷えなこんなんあり? 聞いたこともねえ
一体何だ?嫌もう結構 何も知りたかねえ

ママ止めたじゃない
ママ止めたじゃない
ママ曰く「楽しめるわきゃない」

──私はずっと気持ち良い──

 この連載はランディ・ニューマンの歌、特にその歌詞に注目し、読み解いていく企画であるが、それらの言葉が踊る舞台、伴奏の方にスポットを当ててみるのも、まんざら意味のないことでもなかろうかと思う。この曲のニューマンのピアノによる伴奏はサビで若干変化する以外は、短いフレーズの単なる繰り返しに過ぎないが、ピアノをギターに置き換え、ずっと弾いていても不思議と飽きがこない。今回はフレーズの不思議を解き明かそう。

私の所有する二ューマンのピアノ・スコアは2冊(の内のこれは1冊)。私は楽譜がほとんど読めないので、音符にドレミを書き込み、ギターで一音一音拾って行く。気の遠くなるような作業であるが、ニューマンのピアノには、労苦も忘れる驚きと感動がある。

 フレーズは2つに分割することができる。分割する方がはるかに説明が容易になる。分かれたそれぞれのフレーズは、ギターの6本の弦を、上下3本づつにきっちり分けて演奏される。ピアノの演奏における左手・右手のような関係といえば理解し易いであろうか。まず、フレーズの低いほうであるが、全ての音は等間隔で「タンタンタンタン」と単純に繰り返される。分かり易いように始めの音を「ド」とすると「ド・ド(高)・ソ・ド(高)・・・」。明朗な調子に聴こえるが、現時点で曲はまだ長調とも短調ともいえない。

 次にフレーズの高いほう。こちらも等間隔ではあるが、倍の速度で「タタタタタタ」と演奏される。「ミb(フラット)・ミ・ド・ミb・ミ・シb・・・」。ここでの「ミ」、3度と呼ばれる音はコードの長・短を決定する。ワンコードで進行するこの曲ならば「ミ」がbすると長調の曲が短調になってしまうのであるが、出てくる2種類の「ミ」はいつも連続し、b(フラット)はすぐさま解決されるので、少し妙な感じではあるが、曲は長調と呼んで差し支えなかろう。また、この「ミ」の半音階の変化は、2音をひと繋がりに感じさせ、音を引き上げながら「タータタータ」と引き伸ばすような感覚をリズムに加える。誤ってガムを踏んづけ、片足をガムに引っ張られながら歩いているような、道化たリズムにのって、「ガム」、普通に「ド」、もう一度「ガム」が伸びた後に「シb」!?

1stにおいて、複雑な楽曲と自身によるオーケストレーションで、独自の個性を大きく開花させたニューマンであったが、『ママ止めたじゃない』収録の2ndアルバム『12ソングス』において、早くも大きく舵を切る。向かった先は「ブルース」であった。

 それぞれ、2つのフレーズを組み合わせれば、「シb」、短7度が苦み走り、たった一つのコードはセブンス、響きは「ブルース」となった。一方、問題のリズムの方はいかがであろう、現れたのは「ブルース」以上に奇怪な代物であった。低いほうは単純な4拍子、しかし高いほうを単独で見れば3拍子である。ふたつが同時進行するのであるが、これをどう説明したものか。似たような感覚を自然界に求めるならば、間隔の違う縞模様が重なった時に起こる「モアレ」を挙げるべきであろう。直感覚的にも近いものがある。このような異なる波長が重なった「うねる」感覚が、リズムに特殊なノリを生じさせる。世に言う「ポリ(複合)リズム」である。

 ポリリズムを分かり易く楽曲に使った例はそう多くない。がしかし、おあつらえ向きに、Perfumeの2007年のシングルで『ポリリズム』という曲がある。基本4拍子の曲であるが、コーラスで「ポ・リ・リ・ズ・ム」という5文字を等間隔で隙間なく続けて歌うため、拍子の頭にくる文字がどんどんずれていく。ポリリズムのモアレのような感覚を理解するには役立とうかと思う。年配の方であれば、円(まどか)広志の1978年のヒット曲を思い出して頂きたい。一度聴けば一生忘れない「飛んで・飛んで・飛んで・飛んで・・・」の奇妙な気持ちよさは、和製ポリリズム最良のサンプルといえよう。

連載タイトルは「いいなアメリカ」であるから、日本の曲ばかり挙げずアメリカのポリリズムも。1971年のアルバム『暴動』において、スライ・ストーンがリズムボックスや各種生楽器を組み合わせ、作り出した非凡なリズムのうねりは、みんな何らかの意味でポリリズムになっているのではなかろうか。

 以上、音楽的な感覚を言葉にするのは一苦労であるが、演奏するには更なる苦労が伴う。いくら頭で理解しようとも、全身がポリリズムに対し抵抗するかのようであり、リズムの特殊性を否が応にも実感させられる。私の味わった歯がゆさに比べ、ニューマンでもPerfumeでも円広志でもスライでも、ポリリズムを聴く段のなんと気楽なことか。たとえ2つのフレーズを2人で演奏したとしても合わせるのは楽ではなかろう。これをいわば一人で合奏し、さらに歌まで乗せるのであるから、道のりは誠に長く険しいものであった。しかし難なく弾けるようになった今や、私の弾き語りを聴いてくださるあなたより、私はずっと気持ち良い。