小川尚寛インタビュー「強い光ではなく、優しい光」
ギャラリートーク 作家さんに訊いてみた
ー写真を始めたきっかけから聞かせてください。
就活を機にスタジオマンになったのがきっかけですね。普通の大学に通っていたので、カメラや撮影についての基礎知識がなく、まずはスタジオで経験を積もうと思いました。
スタジオで働いている時、たまたま上田義彦さんがアシスタントを募集されているのを目にして応募してみたところ、幸運なことに採用していただきました。
ーこの写真集を見ている限りは、師匠のテイストとはちょっと違いますよね。
はい。上田事務所を独立した歴代アシスタントたちは、みんなそれぞれ作風が違うんです。私は上田さんの作風よりも、写真に対する姿勢や、日々の生活の暮らし方に影響を受けています。事務所を出て独立したあともよくお会いします。今回のプリントも上田さんの暗室をお借りさせていただきました。
ーこのサイズのプリントって、なかなかないですよね?
一般的な大きさの暗室や機材だと、大きくても大全紙(508mm × 610mm)が限界だと思います。今回展示しているサイズは1500mm × 1200mmです。
ここまで大きく引き伸ばせるのも、軍でも使用される現像機を使うことで世界最大級のプリントが製作できます。上田さんの暗室にはその現像機があり、他にも世界最大級の機材が揃っている為、クオリティの高い暗室作業ができます。
ちなみになぜ軍用かというと、潜水艦なんかで得られる機密情報を複製する際に、フィルムからプリントすることで、改ざんができないようにするためだとか。
ープリントと印刷の違いって、関心ない人には見過ごされがちですけど全く違いますよね。
今回この写真を4×5カメラ(シノゴカメラ)で撮影したのも、僕の中に大きく引き伸ばしたいというイメージがあったからです。どこまで近づいても写真、というか、実際これらの風景の中にいるような気持ちになってもらえると嬉しいですね。
ーそもそもシノゴは今回の写真集にあわせて選んだものなのでしょうか?この機材にたどり着いた経緯は?
僕が一番最初に買ったのが4×5カメラなんです。先ほどお話ししたスタジオに勤めていたときに、4×5カメラで撮影していたカメラマンが居て、こんなにかっこいいカメラがあるんだ、と。不器用なカメラなんですけど、僕にはあってるかなと思います。今でもメインに使っています。
ー出会い頭に瞬間的にスナップを撮れないという意味で、今回の写真集に機材の影響はありましたか。
35ミリで撮るリズムや手軽さも好きなんですけど、三脚を構えて、ピント合わせてフィルム入れてシャッター切るという一連の流れ。どうしても逃げられない被写体との関係みたいなものもあるし、パフォーマンス的な意味合いも大きいと思います。ちょっと古めかしいカメラで撮っていることで、相手にとっては不思議だし、その時点でコミュニケーションが生じます。僕は英語がぜんぜん喋れないので、どうにかして人を撮るための手段でもあるんです。撮影するのに時間もかかるし、それまでのプロセスも見ながら面白がってくれているのかなと。
ーこのアバディーンっていう町自体観光地じゃないですよね。被写体としてカメラを向けられる事自体が珍しい土地であり、人々であるはずです。
そうですね。そもそもこの町に出会ったのも、今回の撮影の5年ほど前に私がアシスタントをしていた時に訪れました。上田さんの代表作でもある「クィノルト」というネイティブアメリカンの人々が住んでいた森を再訪する機会があり、それに同行させてもらったんです。
ワシントン州のタコマ空港から5~6時間かけて車で向かうんですが、到着目前に一服しようと停車したんです。そのタイミングで車にトラブルがあり、その場で立ち往生してしまい、、、レッカーが来るまでその町に18時間滞在してました。それが今回の写真集の舞台になったアバディーンです。朝から晩までこの町の光を眺めて過ごしたんですけど、それがすごく良くって。
ーどういう町なんですか?
人たちが結構いるんです。そういう複雑な人々もいる町で…。
この町は都会でもなく、田舎でもない、いわゆる郊外ですね。そういう普通のアメリカの生活に強く惹かれるんです。ビッグフット伝説の発祥の地でもあって、ごっついスーベニアが売っていて、欲しかったんですけど、値段が高くて、断念しました。その代わりに、知り合いの作家さんにパトリックの帽子を被ったビッグフットを作ってもらって会場で販売させてもらっています。
ーこの写真集のタイトルにもなっているパトリックっていうのは?
コインランドリーで撮影しているときに声をかけてくれたおじさんがいたんです。
日本の基地にも数年間働いていたみたいで、日本語が喋れるんです。それで仲良くなって二日間だけ彼に色んなところに連れて行ってもらいました。本来一人ではたどり着けなかった場所や人に会わせてくれたんです。写真集のタイトルも彼の名前が由来です。
ー展示写真、等身大に近いような迫力ですね。このダイナーの写真も細部までしっかり見えて、この店に実際訪れたような気になります。
この町は雲が多く、強い光ではなく、優しい光が溢れています。ダイナーを撮影した時も曇っていました。そのおかげで、ダイナー全体に優しい光が溢れ、そこにいる感じがします。私が見て欲しいのは写真の中央にいる少年の生毛です。産毛まで見えるんです。
滞在時はここで朝食を食べるのがちょっとした贅沢で…。コーヒーとトースト、目玉焼きで3千円くらいしますから。でもパトリックいわく「仕方ない」って。
小川尚寛写真集”Patrcik”
当店オンラインショップにて販売中。