誠光社

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WADDLE YA PLAY?

おばあさんと編み物

最終回

WADDLE YA PLAY?

「泥棒」といえば、ほっかむりに唐草模様の風呂敷、というイメージがかつて通用していたように、「編み物」といえば、頭に刷り込まれたアイコンのようなイメージがあります。

「おばあさんが揺り椅子で編み物、かたわらに猫」です。おばあさんは老眼鏡をかけて揺り椅子でゆらゆらしたり時々うたた寝しながら編み物をしています。足元には毛糸玉の入ったバスケット、猫は毛糸玉とじゃれまわります。テレビや映画の映像で目にする際には、素敵な謎のもやがかかっていたりもします。

絵本や物語の中で、繰り返し目にしてきた編み物するおばあさんと猫の図。おばあさんが編んだニットを読み手の子どもたちが実際に使ったり、家でおばあさんやお母さんが編み物をしているが当たり前という背景で書かれたお話です。私などは、この上にメルヘンや編み物の全盛期を通過したので、このイメージが不動のアイコンに収まったのだと思います。母の真似をしてかぎ針編みを始めた時も、とりあえずバスケットに糸と編み棒を入れて大満足していたのは忘れもしません。バスケットといっても、持ち手と留め具のついた蓋つきのバスケット・ケース。糸と針を入れても、絵のように山高く毛糸玉が積み上がることもなく、毛糸玉に突き刺した編み棒は短い1本のかぎ針。少し心地の違いはありましたが、イメージ通りの世界が出来たのは嬉しかったものでした。

『ぐりとぐらのおきゃくさま』作・中川李枝子 絵・山脇百合子(福音館書店)
山脇百合子の描いたデザインさりげないがお洒落。

編み物が登場するお話は、作家の日常に編み物がよくあるのでしょう。『ぐりとぐら』といえば、美味しそうな黄色のホットケーキに心を奪われがちですが、このシリーズにはよく編み物が登場します。『ぐりとぐらの1ねんかん』の3月のページには「はるのしごとは あれこれたくさん 毛糸まきまき」とあります。ニットシーズンの終わりに着古したりサイズが変わったニットをほどいて糸を再生して巻直すしごとや、かせを毛糸玉に巻くしごとでしょうか。このページには、ぐりととぐらが素敵なお部屋で、編み始めたばかりの編み物を床に休めながら向かい合って毛糸を巻いているところが描かれています。「ぐりとぐらのえんそく」では森で見つけた毛糸の端っこを、転がしながら辿っていくとその先がくまのほつれたチョッキだったというお話です。編み物が1本の糸で全部繋がっていて、毛糸玉が大きくなっていく、ほどけた編み物は小さくなっていく、簡単な面白さがそのままストーリーになっています。
『いやいやえん』の中でも、おっかないおばあさんの先生が編み物をしています。

『こねこのぴっち』作•絵 ハンス・フィッシャー 訳・石井桃子(岩波書店)

パウル・クレーの弟子だったスイスの画家ハンス・フィッシャーの名作絵本には『こねこのぴっち』『長靴をはいたねこ』や『ブレーメンのおんがくたい』があります。
猫や動物たちの美しさや楽しげな様子が、踊るような線で描かれています。『こねこのぴっち』に、おばあさんと編み物、それに猫も犬も出てきますが、おばあさんが糸を巻くお手伝いができているのは忠実な犬(猫には不可能)。編みかけのニットと編み棒ごと格闘する子猫のやらかしの図が最高です。ニットも毛糸も毛糸玉もリズム良く描かれています。

『おばあさんのひこうき』作・佐藤さとる 絵・村上勉  小峰書店の児童書版。後に偕成社から出た大人向け絵本版は「おばあさんの飛行機」挿絵もカラー進化版的に新しくなっていて編み地は点線で描かれている。講談社文庫版の「おばあさんの飛行機」表紙の絵は、おばあさんの編み棒使いが少し込み入っていて有段者ぶりが描かれています。

『おばあさんのひこうき』という本は、コロボックルのシリーズをはじめ、子どもの日常生活に不思議なことがひとつ起こるような物語を多く書いた佐藤さとるの本です。作家のシリーズには、村上勉の挿画が欠かせません。村上勉の絵は、当時は子ども用なのに大人の絵で不思議だなと思っていて、図書室で「変わった絵の本のあるところ」という感じで佐藤さとるのコーナーを認知していたものでした。
編み物の得意なおばあさんが空を飛ぶニットを編むお話、こう聞くと不思議な魔法が次々起こるおばあさんの話に聞こえるかもしれません。内容は少し独特で、お話を読んでいると、編み物ってどうやって編めていくのかも同時になんとなくわかるおばあさんの様子が、丁寧に書かれています。

面白いのが、編み物をする音が文字で書いてあること。編み物の音は、聞こえるけど文字をあてるとなると表現しづらいものです。実際「チッ、チッ…」という感じですが、時計の針の音とも違って微かに物が当たる音です。「チクチク」だと裁縫の運針になるし「スイスイ」や「サクサク」だとそれは雰囲気です。じゃあなんだろう、まあ、そんなこと誰もきにしてないか、ってことでいつも終わらせる話だったのですが、なんとここでは「チョク チョク チョク」の文字があてられています。竹の編み棒の、軽い気配が残るような感じが合っています。尺取りのように一目づつ進んでいる感もあるのは、進捗のチョクにも聞こえるせいでしょうか。こんなこと考えてる人もいたぞと嬉しくなります。

編み物で空を飛ぶという点を除いては至って日常。おばあさんが編み物を思案の様子や、編む時間、ほどく時間。編み物をモチーフにしたお話の中でも、こんなふうに編み物の時間を書いたお話はなかなかない、児童書ですが編み物本としたい一冊だと私は思っています。様子が面白く読めるのは、村上勉の描く細かな挿絵の力が大きいのでしょう。編んだニットの絵は、一目一目で描かれています。一目づつ描いていくのは、編み物をするのと同じ作業です。線の集合で描かれた絵は、このニットなら動くんじゃないかというような存在感があります。

「雪と一緒に来た子」の絵を拡大して見る。 新潮文庫『谷内六郎展覧会《冬・新年》』谷内六郎著(新潮社)谷内六郎のニット帽子、ポンポン付きのようでポンポンがないようなところが面白い。

童画とニットに関する余談ですが、「谷内六郎展覧会」冬の巻には、もちろんマフラーや帽子の子どもたちがたくさん描かれています。子どもたちは母親とか祖母が編んだニット帽をいつも被っていて、そのニットはたくさんの人の記憶にあるニットでもあります。絵の帽子なんかを見ていると、その頃に使っていた毛糸の帽子や手袋をストーブで乾かしている時の匂いまでも思い出します。絵筆で毛糸の気配を感じる画家の魔法です。

アイコンのおばあさんだけが持っている猫との無時間。こうして編み物するようになり、年月を経るにつれて「おばあさんの編み物」は、ただの高齢者の趣味の時間ではなくて、長い人生と長い編み物どっちもの経験があっての、あの揺り椅子ってことなんだ…と気づくとぶるぶる震え上がってくるところもあるのですが、果たして真似事くらいできるようになるのだろうか?

編み物はおばあさんだけの世界ではありませんし、編み物する人は皆それぞれの世界で楽しんでいます。それでもおばあさんと編み物と猫がセットで出てくると、その光景には別格の魔法があるように思えます。

今回は『ぐりとぐらのおきゃくさま』から、おきゃくさまが暖炉で乾かしていた大きな手袋を編んでみました。ぐりとぐら、それぞれが寝袋にできそうなサイズです。そして、谷内六郎の絵の中で姉弟が被っていたようなカラフルなニット帽子。おばあさんが編むニットは、本当におばあさんになることが出来てから編みたいと楽しみに思います。

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