誠光社 SEIKOSHA

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無重力のカントリー・ミュージック、月面の環境音楽

「フロンティアの開拓者という意味において、宇宙飛行士はカウボーイなんだ」

ブライアン・イーノがこんなニュアンスの発言をしていた、という原稿を雑誌で読んだ。内容はうろ覚えの上に、掲載誌そのものがなんだったのかも綺麗サッパリ忘れてしまったが、おそらくアポロ計画を題材にした映画のサウンドトラックとして製作され、ダニエル・ラノワのペダルスティール・ギターをフィーチャーしたアルバム『アポロ』についての言及だろう。広大な宇宙空間と開拓時代のアメリカ西部を同じフロンティアとして捉えるイーノの発想は秀逸だ。ちょうど同作のリマスターと新曲を収録した2枚組のエクステンデッド・エディションがリリースされたタイミングだったので、先の発言の前後が読めるかもしれないと、イーノによる描き下ろしの解説が付いた日本盤を購入してみた。

結果、同発言はライナーには見当たらなかったが、新たに書き下ろされたイーノの原稿は素晴らしかった。

カリフォルニア大学バークレー校は、1999年に地球外生命体を探査する”SETI@Home”をスタートする。望遠鏡から贈られてくる膨大な観測データを30万台のパーソナル・コンピューターで分析する、現在も続く大規模なプロジェクトだ。今の所このプロジェクトの成果はゼロ。地球外生命体やそれらが存在した痕跡はひとつとして見つかっていないそうだ。負のエントロピー、つまり秩序だった生命活動が観られるのは現在のところこの地球上だけだという。ここでイーノは突如その例を羅列する。

線虫、マーモセット、芋虫、ネコ。

ジョウゴグモ、ハイエナ、クマムシ、歌。

セコイア、アメーバ、ゾウ、米。

プードル、地衣類、マッコウクジラ、ケルプ。

サンシキヒルガオ、エボラウィルス、バラ、血。(後略)

アントニオ・カルロス・ジョビンの『三月の水』を思わせるような、ランダムな言葉の羅列が詩的だ。ナボコフの『ロリータ』で、ハンバートがドロレスのクラスメートの名前を読み上げて恍惚とする描写があるが、こういう類の「無作為な詩」に弱いので、このセルフライナーだけでCDを購入した価値はある。

後日いろいろと検索してみた結果、イーノの言葉は2009年の”NEW SCIENTIST”誌によるインタビューでの発言であることがわかった。

“Every astronaut was allowed to take one cassette of their favourite music. All but one took country and western. They were cowboys exploring a new frontier, this one just happened to be in space. We worked the piece around the idea of zero-gravity country music.”

これを読んで、映画『ゼロ・グラビティ』のなかで、ジョージ・クルーニーが宇宙空間でなぜハンク・ウィリアムスを聴くのかがようやく理解できた。実際にアポロ計画に関わった宇宙飛行士の多くが、無重力空間でカントリー・ミュージックを楽しんでいたのだ。冒頭の発言も、スティール・ギターを使用するという『アポロ』のサウンド・コンセプトもこの事実を元にしていたのだ。

先日、イーノが運営したオブスキュア・レコードに強く影響を受けたという、広瀬豊の”NOVA”というCDが入荷した。ミサワホーム総合研究所サウンドデザイン室による環境音楽シリーズの1タイトルで、スイスのWRWTFWW(We Release Whatever the Fuck We Want Records)が未発表音源とともに再発したものだ。

当時ミサワホームがどのような住環境で流されることをイメージしていたのかはわからないが、水滴の音や小鳥のさえずりをフィールドレコーディングし、使用したサウンドは、都市生活からの逃避と、失われた田園風景への郷愁のようなものを感じさせる。都市生活を「カントリーサウンド」で満たす、という意味において『アポロ』と同じくエキゾチック・ミュージックの一種なのかもしれない。

ミサワホーム総合研究所について調べてみるとこんな記事に行き着いた。同社はJAXAなどと協働で2020年より南極昭和基地で、過酷な環境に耐えうる移動基地ユニットの実証実験をはじめるそうだ。記事はこう締められている。

「さらには、4者共同研究により、未来志向の住宅・南極での基地建設・月面の有人拠点の開発も目指すとしている」

いまも総合研究所にサウンドデザイン室があるのかどうかは知らないが、月面住宅で流れる環境音楽があるとすれば、それは一体どのようなものなのだろう。

 

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