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みなみ会館に行って『アンソニーのハッピーモーテル』のトークでリチャード・アヴェドンについて話した日のこと。

みなみ会館に行って『アンソニーのハッピーモーテル』のトークでリチャード・アヴェドンについて話した日のこと。

リニューアルオープンしたばかりのみなみ会館の吉田館長にお声がけいただき、『アンソニーのハッピーモーテル』上映後トークに出演。「ルーキー映画祭」という企画にあわせたトークだそうだが、メイン上映が行われる週末3日間はいずれも予定があったし、対談相手のグッチーズ・フリー・スクール降矢さんともほぼ面識がない。なにより自分は専門家でも映画批評家でもなんでもないので、当初はやんわりお断りしかけたのだが、週明けの平日にでも、とのこと。お祝いの気持ちもあったので、映画の一ファンという立場で登壇させていただくことに。

『アンソニーのハッピーモーテル』は公開当時日本ではDVDスルー。しかも無茶苦茶かっこ悪いパッケージでリリースされている。会場で質問してみたところ、やはりウェス・アンダーソンファンでも初見だという人は結構多かった。洗練と緻密がパブリックイメージとなっている監督だけに、今作の「ルック」は後の作品とはかけ離れているようにみえるが、実際は後にシグネチャーとなる要素がほぼこのデビュー作に出揃っている。

スティーリー・ダンのドナルド・フェイゲン言うところの「ブリティッシュ・インヴェイジョン、ジャカジャカ言う12弦ギター、ハープシコードやマンドリン」などを特徴とする選曲(それらイメージを負うところの大きいマーク・マザーズボーがすでに今作からスコアを担当している)、ウェス作品で頻用されるタイプフェイス”FUTURA“、ディグナンの将来計画図に見られる、後の作品では弟エリック・チェイス・アンダーソンが手掛けることになる作り込まれた紙モノへのこだわり。神経症的登場人物が、無表情で感情を爆発させる「クォーキー」(この「テイスト」に関しては対談相手の降矢さんが発行される『ムービーマヨネーズ』2号に詳しい)な味わい。

なによりも幼馴染であるウィルソン兄弟を主役に据え、オーウェン・ウィルソンと脚本を共同執筆と、学生時代に知り合った彼らとの協働がここからスタートしていることは重要だ。映画製作以前に彼らからの影響は多大なるものがあっただろうと想像できるからだ。

オーウェン・ウィルソンのWikipediaにも記載されている通り、彼ら兄弟の母親、ローラ・ウィルソンは写真家だ。それも『ニューヨーカー』や『ニューヨーク・タイムズ』をクライアントにもつ一流で、なおかつ彼女は数年間にわたってリチャード・アヴェドンのアシスタントをしていたこともあるのだ。

アッパーイーストサイドのスタジオ周辺数ブロックが主な行動範囲だったアヴェドンが、メトロポリタン美術館のオープニングの直後、西海岸へ渡り新たなプロジェクトを敢行する。その作品発表の場として選ばれたのが、テキサスのエーモン・カーター美術館だった。

当時、同館のアドヴァイザーを努めていたローラの夫、ボブの口利きでローラはそのプロジェクトに密着することになる。これまでセレブリティや傑出した美しさを持つモデルたちばかりを被写体としてきたアヴェドンが、ロードサイドを旅しながら農夫や油田で働く労働者、メキシコからやってきた移民たちなど、セレブたちとはもう一極に位置するアメリカ的な人々のポートレイトを撮影した。それらは”IN THE AMERICAN WEST”という写真集として結実し、未だにポートレイト写真集のマスターピースとして語り継がれる存在だ。

『アンソニーのハッピーモーテル』に登場するヘンリーの部屋でのパーティーシーン、背景にさりげなく飾られているのは、アヴェドンによるジャック・イヴ・クストー(『ライフ・アクアティック』でスティーブ・ズィスーのモデルとなる、ウェスにとっておそらく少年性の象徴的な存在)のポートレイト。

ドキュメンタリーフォトの名手、ローラ・ウィルソンのウェブサイトには、映画の撮影現場を収めた写真がいくつか掲載されている。その中には”BOTTLE ROCKET”、つまり『アンソニーのハッピーモーテル』のオフショットもあり、ウェスとオーウェン・ウィルソンが、おそらくウィルソン家のものと思われるふかふかのソファに腰掛けて、アヴェドンの”IN THE AMERICAN WEST”を眺めている姿も目にすることができる。

雑誌『ニューヨーカー』の大ファンを公言し、ある時期までバックナンバーをすべて揃えていたというウェスにとって、ウィルソン家を介したローラの影響力は想像に難くない。

そんな話をさせてもらった後、近くの呑み屋で打ち上げ。

相変わらず忙しそうな館長はじめ、みなみ会館スタッフさんたちと降矢さんは配給作品の話で盛り上がっている。その場でふと「もう二十年以上上映されていないあの作品の権利はどうなっているんだろう」と漏らしたところ、その場でリサーチして問い合わせてしまう降矢さんのフットワークに映画配給の未来を見た気がする。フィルムのようなオールドメディアにはいまでも愛着があるが、デジタルデータの時代だからこそできることもあるのだ。

入試問題集のパロディー形式で未公開映画の上映マニュアルを紹介した冊子をいただいたので帰宅してパラパラと。これまでのルールを解体して、自身のやり方をオープンソースとして開示する。ジャンルは違えど、ちょっとしたシンパシーを感じた一夜だった。