誠光社 SEIKOSHA

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ブログ 何を読んでも何かを思い出す

ブックコラム

小説の家

1958年の1月から10月まで、10号に渡り『美術手帖』誌上に書き下ろし小説が掲載された。吉行淳之介や遠藤周作、小島信夫らいわゆる第三の新人と呼ばれる作家たちを中心に、挿絵にはそれぞれ異なる画家が起用され「小説と絵画のコラボレーション」がなされている。総合誌寄りの編集へとシフトした1960年代の同誌のトリッキーな誌面に比べると、特段奇を衒った企画ではないが、そのさり気なさと、執筆陣の豪華さ、誌面において企画意図が一切説明されていないことなどから、不思議と目を惹く記事だ。

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働く人を撮る。吉田亮人”Tannery”のこと

バングラディシュの首都ダッカの南西部、皮革産業地帯であるハザリバーグというエリアは世界保健機構によって世界十大汚染区域に指定されている。皮なめしの行程で大量の化学薬品を使用し、それらの排水はそのまま町に流れ、余った皮はそこらに廃棄される。数多くのジャーナリストにより告発されることでも知られる区域だが、周囲の環境に対する汚染は同時に工場内部にも及んでいることに注目する人は多くない。

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アピチャッポン、LEARNERS、怪盗ルビイ、ロックンロール

楽しみにしていたアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の『光の墓』をようやく観た。廃校舎をそのまま利用したタイ東北部の病院を舞台に、原因不明の眠り病にかかった男たちと、そのすぐ側で行われる政府による掘削工事、現代の世界と過去の争いごと、幾層ものレイヤーが重ね合わせられる言葉少なながらも複雑な構成の作品。静けさの続く長いカットの積み重ねに、観ているこちらも眠りを誘われたが、一転し、軽やかなブレイクビーツの流れるエンドロールに映画の深層世界から浮上したかのようなカタルシスを感じた。

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子どもたちの子どもたちの子どもたちへ

原子力発電に伴い排出される高レベル放射性廃棄物が生物に対して無害になるまでには10万年もの時を要するといわれている。その原理はさておき、はたしてあなたは10万年後の世界を想像することができますか?

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奇妙な孤島の物語

大陸から見れば海の果てにありながら、その島に立てばそこは世界の中心である。ユートピア思想が持ち込まれることもあれば、罪人が辿り着く流刑地となることもあり、他のどの土地にも見られない新種の植物や昆虫が見つかる一方で、疫病で島の生物が全滅してしまうこともある。つまり孤島とは世界そのものの縮図である。しかし、大陸のように多様な文化は存在せず、長大な歴史もないゆえに、孤島の歴史を語ることはつまり部分的に世界を語ること、すなわちその物語は限りなくフィクションに近い手触りを持つことになる。『奇妙な孤島の物語』に収録された50もの島々の物語はまるで優れた短編小説のような趣がある。

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二人の「真珠の耳飾りの少女」

通信販売ページに二人の「真珠の耳飾りの少女」が並んだ。一方は子供が描いた稚拙な模写。もう一方はデジタル技術を用いたコラージュ作品。オリジナルとはかけ離れていながら、いくつかの記号でわたしたちは引用された名画を知ることがでる。

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ニクソンをジャンプさせた男、フィリップ・ハルスマン。

LIFE誌のカバーを101回も飾った、つまり商業写真の分野で当時最も成功を収めたと言い換えてもおかしくない、写真家フィリップ・ハルスマン。ラトヴィア移民としてアメリカに渡り、ポートレイトの名手として数々のセレブリティたちと交流し続けてきた彼が、1950年代に執心したのが、”JUMPOLOGY”と称される、飛び上がった姿のポートレイトシリーズだ。

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ロバート・アルトマン ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男

京都シネマで『ロバート・アルトマン ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』を観た。思えばアルトマン作品との出会いは、京都シネマの前身である京都朝日シネマで『ショート・カッツ』を観たのがはじめだった。おそらく1993年前後、まだ高校生だった頃のことだ。レイモンド・カーヴァー作品の映画化と聞いて、監督のことなど何も知らずに鑑賞し、その大胆な脚色に驚かされた。感化され、『M.A.S.H』、『ロング・グッドバイ』をレンタルビデオで、『プレイヤー』、『ナッシュヴィル』をDVDで観た後、ポール・トーマス・アンダーソンの登場、とくに『マグノリア』を観てすべてがつながった気がした。今回のドキュメンタリーでも終盤にポール・トーマス・アンダーソンが登場し、アルトマンについてコメントしている。

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