誠光社

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「火星の生活」

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火星の生活

火星探査中、突然の砂嵐に見舞われ、命からがら宇宙船で地表を脱出する調査隊員たち。その最中、ひとりの隊員が置き去りにされる。生存は絶望的だと思われたが、幸か不幸か彼は奇跡的に一命を取り留める。次に有人探査機が火星に降り立つのは四年後のこと。その瞬間からたったひとりのサバイバルがはじまるーー

リドリー・スコット監督の『オデッセイ』が感動的なのは、「絶望的な状況下でもあきらめない希望の力」や「遠く離れた火星で苦しむ男に対する人々の想い」などといった綺麗ごとが描かれているからではない。置き去りにされた主人公マーク・ワトニーは、むしろ嬉々として不毛の地でのサバイバルに挑む。なぜなら、植物学者であり、科学の道を志すワトニーにとって、どこを歩いても、なにをしてもフロンティアだらけの火星は、ディストピアどころかユートピアでさえあるからだ。探査基地にあるものをブリコラージュし、水素と酸素から水を作り、隊員たちの”肥料”とソーラーパネルを使用して食料を育てる。失敗を重ねながら水分を集め、ジャガイモの生育に成功した時の喜びよう。火星で植物の栽培に成功した人間は彼の前にはいない。苦心しながら地球との交信を得た際も、NASAの研究者たち(いわゆる「ギーク」な連中)に生存を確認された喜びよりも、「どのように生き延びたか」をジョークを交えて伝達する。火星での孤独な生活を支える音楽は、隊長が残していった時代遅れのディスコ・ミュージックばかり。状況を説明する歌詞が一種のジョークになっているのだが、そのBGMが示唆しているのは、危機に直面してすら知的探究心を損なわない科学オタクのタフネスと楽天性だ。とにかくこの映画には徹頭徹尾悲壮感がない。そのことにぼくは胸を打たれた。

二〇一五年夏に二十年近く勤めた書店を退社し、三ヶ月後には自分の店「誠光社」をオープンした。以前から計画してきたことではなかったし、資金もなければ、開店までの時間もない。雑貨や他の商品の利幅に頼らず、本を中心とした商品構成を成り立たせるために、いわゆる大手取次を通さず出版社とできるだけ直接取引をし、本来二割程度の書籍販売利益を三割平均に保つこと。売上という数字は相対的なものだから、なるべく「分母」を小さくするために職住一致、つまり店の二階に住まい、人を雇わずに家族の協力を得ながら運営すること。コンセプトだけはイメージしていても、そんなことが可能かどうかすらやってみなければわからないし、参考になるようなケースは周りを見渡してみても見つからない。オープンから三ヶ月、毎朝食事をすませ階段を降り、床掃除や届いた荷物を開封してからシャッターを開ける。コーヒーを淹れ一服し、狭いレジの中に腰掛けて見渡す景色はまるで火星のようだ。

いくつかの出版社は直取引に快く応じてくれ、徐々に取引先の版元も増えてきた。開店前にイメージしたスタイルでのんびり営業ができそうな手応えは感じている。不安を覚えなかったといえば嘘になるかもしれないが、開店直前の真夜中に書棚にぎっしりと本を詰め終えたときの達成感の前ではささいなものでしかなかった。日々各所から本が届き、それを並べ、棚が変化していく。その繰り返しで、足元を見つめている暇もない。僕の歩む道は火星ほど殺伐としていないだろうから、彼の置かれた状況と比較するのも恐れ多いが、広大なるフロンティアに置き去りにされたマーク・ワトニーの気持ちがよくわかる。誰も足を踏み入れたことのない場所で、孤独にサバイブすることの奮い起つような喜びはほかには替え難いものがある。幸い、ここにはディスコ・ミュージックよりもうちょっとマシな音楽もあるし、窒息死するような危険もない。だけど、誰も育てたことのない場所でジャガイモを育てている。それくらいの自負を持ってこの店を続けていきたい。

  • 初出 『こころ』vol.30 (平凡社)

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