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山とニット

山とニット

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WADDLE YA PLAY?

夢も酔狂も詰め放題の70~80年代。日本映画にも「超大作」(懐かし言葉)というスケール感がありました。

「植村直己物語」も昭和の超大作です。当時、犬橇で冒険をしたということくらいしか理解出来ていなかった私も観たのですが、この映画に、印象的な毛糸玉のシーンがあったことはよく覚えています。

主演は西田敏行さんと倍賞千恵子さん。ネパールでの登山も、氷一面のアラスカ犬橇単独行の冒険シーンも忠実に再現されています。

入れ代わり立ち代わりニットが出てくるニットの映画でもあるのですが、冒頭の東京のシーンでは毛糸玉が転がります。

植村さんは、グリーンランドから板橋に帰ってきた際に、地下鉄の階段で公子さんが落とした毛糸玉を拾うのです。重たい装具を背負っている植村さんがバランスを崩し毛糸玉はさらに転がり落ちて、てんやわんやの2人。それをみて女子高生たちが笑う…というふたりの出会いのシーン。これは映画ならではの場面のようですが、転がる林檎をお相手が拾うというシチュエーションは定石です。林檎に似た毛糸玉が赤い糸だったのも、なかなかの念の入れようですが、最近見たドラマでは、運命の相手が拾ってくれるのは、ワイアレスのイヤフォンでした。

観ていると、気になるニットがまだまだ登場します。

1965年、モンブラン登頂を睨みつつフランスのスキー場で働く植村さんは、明大山岳部のヒマラヤ遠征隊から、高峰「ゴジュンバ・カン」へのアタックの誘いを受けます。最終的に第二次アタック隊で参加した植村さんが、歴史的な初登頂の偉業を果たすことになるのですが、このシーン、隊員や隊長が交わす緊迫の交信で、トランシーバーを持つ手に、皆がお揃いの手袋をはめています。これが見逃せないような柄の手袋です。お揃いでも色違いだったりするので、ニット好きには落ち着いて観ていられないシーンです。

ナショナル ジオグラフィック日本版「日本のエクスプローラー」特集(2015年4月号)*オリジナルの掲載は1978年9月号

お花なのか、丸が曼荼羅のように並んでいます。ラトビアとかノルウェーの伝統柄のように見えますが、超大作はお洒落な手袋をお使いだなと観ていましたが、この後、映画ではないところで同じ手袋を見つけました。1978年の冒険です。植村さんが北極点を目指し、犬ぞりでの単独行成し遂げたゴール地点に、ナショナル・ジオグラフィックが待っていました。この冒険の取材が、表紙特集を飾ったのですがこの植村さんが、映画で見た手袋を着けていたのです。歴史的な取材ですから、満を持してこの素敵な手袋をはめていたのかもしれません。

犬橇の北極点から、6年後に撮影開始の映画で、同じ手袋をはめていたことになりますが、誰がこのこだわりを映画にしたのだろう。この撮影のために同じものを編んだのかもしれません。超大作のロマンは計り知れません。

植村さんが冒険で使う装具についてはインタビューもよく残されています。着るものについても機能が高くて用途が限られているものより、応用の効く物を選んでいました。例えばセーターなら、上に着るだけでなくいざという時は下からも履けるとか、靴下はミトンにもなる、というようなポイントです。ニットは伸縮性があって擦れたって汚れたって、いざとなれば心強い素材でもあります。手記の中、編み物のことを書いている日もありました。

「午前中は朝7時から起きて、石油コンロの横で編み物をはじめたのだがいっこうに編めず、セーターのすそが縮んでヘソまでで腰が冷たく、昨日見られるのは嫌だと思い、エスキモーの人目をさけ毛糸と針2本を買ったのだったが。君がいれば、すぐに編んでくれるのだが、エスキモーの女に編ましてもよいが、わがセーターが汚れていてエスキモーにたのむことも出来ず。明日か近日中にエスキモーに編み方をおそわり、自分で編みたす予定だ。」

(文芸新書「植村直己 妻への手紙」 1975年10月11日より抜粋して転載)

「いっこうに編めず」という箇所が興味深いところです。細引きやロープで紐の扱いはお手のものでしょう。編んでみたら編めてしまいそうではあるけど、要所を知らなければ編み物はまとまりません。それでもとにかく編もうとしている気配があるのがやはり行動の人です。内容通りに習得したのでしょう、数日後の手紙には「片袖が6センチ編めた」と書いてあります。

実際にどんなニットが実用に耐えたのかと見てみると、植村直己冒険館には、植村さんが使っていた装具が展示されています。中に印象的な模様のセーターが見えました。交通標識が並んだような模様の白地に赤の模様のセーターで、ガストン・レビュファというフランスの登山家の名前を冠したブランドのものです。レビュファはフランスの山岳ガイド・アルピニスト。見れば梯子のような長身に長い手脚。トレードマークのセーターにニッカボッカのパンツでクライミングをする姿は、広告のようにエレガントです。山岳文学も多く残しています。「星と嵐 6つの北碧登行」を読んでみれば、山登りに縁遠い私でも世界はSNSなんてないからこそ充分だったとさえ、思ってしまいます。

日本版セーターのパターン *参考図書「植村直己と山で一泊」(小学館文庫)ビーパル編集部・編
ガストン・レビュファの パターン *参考図書「雪と岩」(新潮社)ガストン・レビュファ 近藤 等訳

スーパースターのセーターは日本でも製造されて、販売されていたようです。標識のような柄を早速編んでみました。日本のセーターの模様と、本に見る黒と白のレビュファのセーターはパターンの配置が少し違っていて、日本は横に揃って繰り返されるデザイン、レビュファの方は横並び模様をずらして配置していてデザインに動きがあります。色の強さもあって、本家の方が「先に行くぜ!」感があるように思います。ちなみに映画の「星と嵐」の中のレビュファは「先に行かない」セーターも愛用しています。

雪と岩(新潮社) ガストン・レビュファ 近藤 等訳 レビュファの山登り図鑑のような一冊。写真、文章、デザインも素晴らしい。

標識のような模様は、山と登る人の象形のようです。これも山に映えて、スーパーマンのコスチュームに相応しいデザインです。

今回は、映画の中でアタック隊がお揃いで使っていた雪映え模様の手袋を指なしのミトンに、編んでみました。

伝統柄は正確に製図するべき精密な柄なのよと思いつつ、私が編んだのは緩めのコピーです。アルパカの糸で編んでいるのでなんとなくペルーのニットに近い緩めの様相です。

「犬とぼうけん」のキッズベストもおまけに。

Swish! Hand Warmer Snow flower / Black (Alpaca)
Swish!Hand Warmer Snow flower / White (Alpaca)
Swish! Alaskan Dog Adventure Kids Vest (Wool/Alpaka/Acrylic)
* one side 
* the other side