誠光社

京都 河原町丸太町 書店

編集室

ニット帽子の似合い方

ニット帽子の似合い方

5

WADDLE YA PLAY?

寒い季節が始まりました。ニット帽子を被る人が目に見えて増えてきます。帽子はチョッキ一枚分の暖かさがあるといって、小さくてもほっとする暖かさで頭を守っています。

街の中や電車で手編みらしき帽子を見かけると、気付かれないようにチラチラとですが、帽子の編み始めからゴールの編み終わりまで目で追ってしまいます。

模様が丁寧に編みこまれているニットは見栄えも素敵で見応えもありますが、無地やずっと同じ調子で編まれたシンプルなデザインのものにも、むしろ見たいポイントがあります。毛糸の量の感じとか、編み目のピッチや雰囲気。どんな感じで被っているかも含めて気配(毛配)を見せてくださ~~い、という感じで拝見します。老婦人の細く難易度の高い編み目の帽子は、確実にお手製です。とりあえず100均の糸で編んだよって感じのざっくり帽子は案外暖かいですよね。糸からしっかり選んでみましたという帽子もちゃんとわかります。奥様の手編みですか?というおじさま、おじいさまの帽子。どこかファンシーな手編みでも、これくらいならお父さんも被るでしょう、というような配慮が感じられて何か嬉しくなります。ドングリやイチゴみたいな帽子をまぶたのギリギリに頑張ってかぶっている赤ちゃんたちも最高です。

帽子は、被っただけで全身の雰囲気をひっくり返したり、思いがけずお洒落に変身させたりもします。

ニットの帽子を編み始めてすぐの頃、これは簡単なようだが難しいぞと呆然となりました。人それぞれの頭や顔は帽子に対して大小なだけでなくおでこの長さもあるし、ここがあと5ミリ詰まっているだけで見え方が全然違う、というようなバランスもあります。被っている人が間抜けに見えないためには、サイズ、雰囲気、イチから似合わせて編まなきゃダメなんじゃないのかというような気になったものの、そんなわけにもいかない。

小さなビッグデータの中で、試行錯誤をしたりしながら編んではいるのですが、これには毛糸という素材にも大いに助けられています。ニットは、気になるところをちょっと伸ばしたり、折上げたりして被ることができますし、編地の厚みが頭に沿ってくれたり、適当に沿わずにもいてくれたりもします。

羊やアルパカの毛糸は、空気や湿度を呼吸する機能があるので少しづつ馴染んで、日々の気分で触っているだけでだんだんその人の良い感じになっていきます。

商店街を歩くおじいさんたちが被っているニット帽子が、時としてとんでもなく可愛い雰囲気を放っていたりしますが、なかなかの実用頻度がなせるスタイルなのだろうと思います。ゆっくりと形になっていくこの特性も、ニットの愛すべきところです。

beat rhythm news-WADDLE YA PLAY? /ESSENTIAL LOGIC (1981 ROUGH TRADE)

私の好きなニット帽子の被り方が、レコードのジャケットにもあります。
連載のタイトルにも拝借している「エッセンシャル・ロジック」のファーストアルバム「beat rhythm news -WADDLE YA PLAY?」。

中心メンバーのローラ・ロジックは、レインコーツ、エクス・レイ・スペックス、そしてエッセンシャル・ロジックと、ポスト・パンク・シーンのど真ん中で活躍したミュージシャンです。(そして今、43年ぶりに新譜が出ています。)

(レコード・ジャケットの編み目、クローズアップ)

ボーカリスト、サックスプレイヤー、センスの塊のようなローラ・ロジックは、手編みらしきニットを身につけていました。このデビュー・アルバムもジャケットにニットの編み目をデザインしています。

編み目をグラフィックになぞるだけだと、こんな風に陰影のある密度は出ないと思うのですが、この絵をよく見ると編み目の中に細かく規則的な点が描いてあります。画像をピンチアウトする時代でもないのに、なんとも渋い!何もかもがポストパンクだもんな~とむやみに感動してしまいます。中ジャケットもローラ・ロジックがニット帽子を被っている写真です。この帽子に込み入った手数はなくて、最も基本のシンプルな編み方です。これをローラは裏返しにして被っています。始めから裏編みで編んだのかも。どちらにせよ裏拍子のリズムで、ローラ・ロジックが被っていると、ニットの編み目も音符のように感じます。

My Ever Changing Moods /The Style Council (1984 Polydor Ltd. London)

そして、スタイル・カウンシルの「My Ever Changing Moods」のe.p。この時にポール・ウェラーが被っているのが、黒いニット帽子です。

これもシンプルなデザインですが被り方の細かさにご注目で、リブを少し長めに折りあげて帽子は浅く、後ろ髪は多めに出しています。てっぺんを少し崩して被っていますが、同じ曲のミュージック・ビデオでは、この帽子をもっとずっと低く潰して被っています。お洒落ってこういう事…? 今日、今この瞬間も揺るぎ無く、ファッション・スピリッツのコーチのようなポール・ウェラー。

このジャケットの帽子を見て、どれだけのキッズが被り方を真似をしたでしょうか。

それからこの方の被り物は、ニット帽子と言っていいのか定かでないのですが、宇宙の音楽家、作曲家であるジャズ・ミュージャンのサン・ラー。

癖の強い被り物のバリエーションが無尽蔵にありそうですが中でもニットのものはどれも肝入りのD.I.Y。宇宙から垂れた糸が勝手に形に成ったおとぎ話の有機物体のようなデザインです。手編みと毛糸の織り成すいなたい気配は、サン・ラーの理知的なムードにぴったりで、ものすごくかっこいいのです。

光り物や、メタリックの高さや硬さのある被り物にも目が眩みますが、私はニットの方が断然頭に優しいし、工夫を凝らした手編みはむしろ土星感があるのでは?と思っています。毛糸はフンワリ軽くて可愛だけではなくて、実は変態・変質的な要素もあるので、デザインに応じてとても強い存在感に変化します。サン・ラーは、ニット帽子の上にさらに何かを巻いたり、設置したり、時には別の帽子を重ねて被っていたりもします。頭上の自由なスペース、そんなニット帽子です。

Swish! Logic Style Loop Knitcap(Wool/Alpaca)

似合おうが似合うまいが寒いからただ被っても良いし、こだわって被っていても良いニット帽子ですが、自分の被り方を心得ているように帽子と調子が合っている人を見るとやっぱりまたニット帽子を編みたくなります。今回は、ローラ・ロジックの裏編みポスト・パンク帽子を編んでみました。ちょうどいい場所を見つけながら、その人の似合い方になっていくような帽子です。