誠光社

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燃えろ

燃えろ

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いいなアメリカ ジョンとポールが歌うランディ・ニューマン

おやまあ 赤い月が 上る カヤホガ・リバー
曲がりくねって クリーブランド エリー湖へ

おやまあ 赤い月が 上る カヤホガ・リバー
曲がりくねって クリーブランド エリー湖へ

ほら タンカーもうねり 下る カヤホガ・リバー
曲がりくねって クリーブランド エリー湖へ

ほら タンカーもうねり 下る カヤホガ・リバー
曲がりくねって クリーブランド エリー湖へ

クリーブランド・シティにゃあライツ そりゃもうマジック
クリーブランド 君が呼ぶ そう僕を
クリーブランド いいもんなあ 忘れやしない
だってカヤホガ・リバー 煙って過ぎんマイ・ドリーム

燃えろ でっかい川 燃えろ
燃えろ でっかい川 燃えろ

主は もうお前を小突いたり
あと 折り曲げたり
主にゃ 溢れ返す事も
だが 燃やせは出来やしまい

燃えろ でっかい川 燃えろ
燃えろ でっかい川 燃えろ

──この歌は、どこまでが「シュール」といえようか?──

 私はランディ・ニューマンの歌を17曲ほど、自分で歌えるように訳した。その度毎に驚きや発見があったのであるが、この歌を訳した時の喜びはひとしおであった。今回は皆様に、私の発見の驚きと喜びを追体験していただこう。

 まず確認したい、「カヤホガ川」をあなたはご存知であろうか。私の場合、この歌を知るまで全く耳にした事がなかった。あなたもご存知なければ「カヤホガ川」について、私と一緒に百科事典の頁をめくってみよう。・・・それにしても、この歌詞に描かれるシュールな情景。そもそも「カヤホガ川」など本当に存在するのか?などと疑いつつ・・・

カヤホガ・リバー、夢か現実か。

『カヤホガ川(Cuyahoga river)は、アメリカ合衆国オハイオ州北西部を流れエリー湖に注ぐ河川である。河口にはクリーブランドがある。

 語源は原住民の言葉の「曲がりくねった」に由来する。蛇行が顕著で、直線距離30km流れるのに160kmを費やす。高低差はあまりなく、歴史的には、カヌーでの往来があった。

20世紀初頭には、川に沿ってオハイオ─エリー運河が設けられ、地域の発展に貢献した。』*1

 ・・・カヤホガ川はあった。・・・この短い文章中に、歌詞の言葉に対応した解説が、よくもまあ次々と並んだものである。カヤホガ川の実在はもちろん、歌詞の前半は、現実の風景の写生であった。全く清々しい気持ちがするではないか。──皆さまも知の喜びを多少なりとも感じていただけたであろうか。

カヤホガ川は、本当に曲がりくねっていた。

 がしかし、後半の「燃えろ でっかい川 燃えろ」の現実離れした光景は、さすがにシュールと呼んで差し支えはあるまい。続きを読み進めてみよう・・・

『下流部は流れが穏やかなこともあり船舶の航行が可能であるため沿川には多くの工業が発達した。廃棄物を産生する施設は「産業発展」の象徴とされ、その陰で1868年から1969年にかけ幾度と無く火災が発生している。川の水が燃えるはずが無く、工場からの排出された廃油などが何かのきっかけで発火したものである。歴史的にはかなりの経済的、人的損失をだしているが、政治的には1969年の火災が重要である。

 この際にはタイム誌の「ここで溺れることはない、融けてなくなってしまう」の見出しとともに表紙を飾り、窮した連邦政府は、その後に日本の環境省に相当する政府機関であるアメリカ合衆国環境保護庁(EPA)を設立し、全くかえりみられなかった環境保全に向かわせることとなった。

 当時の規制は、「船舶の通航の妨げになる障害物」についてのみであったことから、水質は想像を絶するものであり、流域ではヒルなど最も汚染に抵抗性のある生物すら棲息が確認されなかった。その後は水質の回復を見るものの、現在でも生息する魚類などには異常が続き、汚染のため食用には適さないとの勧告が続いている。』

燃えるカヤホガ・リバー。

 ・・・なんたる事か。カヤホガ川は本当に燃えていた。シュールどころか、告発の歌であったのだ。この歌の入ったアルバム「セイル・アウェイ」が発表されたのは1972年。当時のアメリカ人には、まだホットな事件であったろう。しかし、我々日本人にとって頼みの綱のLPやCDの歌詞カードには、歌詞はあってもこの件までは触れられてはいない。我が国に限らず、たとえ英語圏の国であっても、事件を知っているのと知らないとでは、歌の印象は大きく異なってしまう。わざと誤解を生むような歌を作りがちのニューマンではあるが、「シュールな歌」はおそらく本意ではなかろう。これを皆様にご理解いただけるならば、私の独りよがりな連載も救われよう。

「クリーヴランド・シティにゃあライツ、そりゃもうマジック」。これも本当であった。エリー湖よりクリーブランドのダウンタウンの眺め。

追記:まず私を惹きつけたのはその音楽であった。様々な音楽をコンバインしたような構成のこの曲は、言葉とは無関係に楽しい。それは訳してみたいと思わせるに十分な動機であった。特にシチリア民謡を思わせる「クリーブランド・シティにはライツ~」の部分が、私の前世はシチリア人であったかと思うほど好きである。