誠光社 SEIKOSHA

京都 河原町丸太町 書店

ブログ 何を読んでも何かを思い出す

子どもたちの子どもたちの子どもたちへ

子どもたちの子どもたちの子どもたちへ

原子力発電に伴い排出される高レベル放射性廃棄物が生物に対して無害になるまでには10万年もの時を要するといわれている。その原理はさておき、はたしてあなたは10万年後の世界を想像することができますか?

森田真生さんの著作『数学する身体』(新潮社刊)には人類と数字との関係が、俯瞰的、かつ明快に紹介されている。かつて身体を使って数を把握してきた人類が、次第に小石などの道具を使いはじめ、さらには数字を発明することで外部メディアに記録されたより多くの数を認識することができるようになる。さらにインドでゼロという概念が発見されると同時に、計算のための算用数字が誕生、それまでのローマ数字などに比べ、飛躍的に扱える数の範囲が広がった。自然物を認識し、現実の生活問題を解決するための道具であった数字が、次第に抽象化され、現実離れした概念を扱う行為へと変質していく。

放射性廃棄物の半減期というのも非常に抽象的な数字の世界だ。姿も形も見えないものがエネルギーを生み出し、その代償として産み落とされた漠然としたリスクが、気の遠くなるような年月とともに薄れてゆく。身体的実感のない数字に対して時に人は鈍感になる。

DSC_1519_01

そんなリアリティのない数字を、具体的にイメージするための装置のような本が”Letter to my dear”だ。

英語圏では親等の離れ方を”great”という言葉で表す。”great-grandchild”はひ孫、”great-great-grandchild”は玄孫。常識的に考えてそれ以上は現実離れした呼称だが、”great”を重ねることで、そのまた子どもを称することができる。この本では放射性廃棄物が完全に安全化する10万年の時を1冊の本で表現し、子孫に向けて綴られる手紙のdear”great”という単語がその年月を図る単位になっている。

表紙に始まり、1ページあたり15回の”great”、1世代30数年として500年の時が刻まれる。西暦5万年先、つまり100ページがすべて”great”という単語のみで埋められ、次のページでようやく”grand child”にたどり着き、メッセージの本文へと続く。そこに記されたなんでもないが故にブラックな手紙の内容はここでは触れない。

手紙が読まれるでろう5万年後以降は、ただただ白紙のページが続く。「白紙」と表現したが、この本は黄色い紙に印刷されており、ページをめくるたびに黄色の濃度が薄れていき、10万年後には完全な白となる。何を意味するかは明白だ。

言葉で書き連ねてもこの本の面白さは伝わらない。目視し、ページをめくることで得られるフィジカルな実感こそ、怪しげな数字の世界に騙されない手段だということを本書は教えてくれる。本というフォーマットならではの表現で、スウェーデンの広告賞「ゴールデン・エッグ賞」を受賞。ぜひ手に触れてページをめくり、10万年という気が遠くなるような時の重みを感じていただきたい。

  • Letter to my dear
  • Letter to my dear ¥5400(税込) 通信販売ページへ
    stores.jpのウェブストアを利用しております。
    掲載商品は品切れの場合がございます。