誠光社 SEIKOSHA

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ブックトーク「京都の今」を読む 2017年7月30日 in taramu books and cafe 文字起こし 第一回

ブックトーク「京都の今」を読む 2017年7月30日 in taramu books and cafe 文字起こし 第一回

京都からやってきました、「誠光社」という本屋の堀部と申します。今日はどうぞよろしくおねがいします。大牟田もこのお店も初めてで、みなさんがどういう方で、私に何をご期待いただいているかすらわからないので、自己紹介がてらまずはそもそも、なぜここに来てお話をさせていただいているのかという経緯から始めさせていただきますね。

いま手元にあるこの『のんべえ春秋』という小冊子。「はるあき」とも「しゅんじゅう」とも読めるようで、上下にルビが振ってありますね。この冊子を作っている木村衣有子さんとは古くからの付き合いなんですが、この冊子を自分の店で取り扱うにあたって入荷のお知らせというか、情報発信をSNSで行うわけです。うちの店ではtwitterとインスタグラム、この二つを主に使い分けているんですが、twitterではできるだけ純粋な情報発信を主に、インスタグラムではちょっとくだけたといいますか、主観を交えた発信をするように心がけているんですね。で、この冊子が入荷したタイミングで、インスタグラムの方で本の紹介を投稿しました。その投稿で内容のことに触れて「大牟田の博多屋というビアガーデンが素敵だから一度訪れてみたい」と書いたんです。するとそれを目にした木村さんが、taramuさんに「こんなこと書いてるから、イベント呼んでみれば?紹介するから」とか、おそらくこんな感じでお声かけくださったんだと思います。それで今日に至るというわけなんです。

だから、イベントと博多屋さんで打ち上げするのことが、同じウェイトといいますか、並列になってるんですね。だから、みなさんも終了後ご一緒できそうな方がおられればご遠慮なく。

話はそれましたがそういう経緯ではじまったこのイベントで何をお話しようと考えた結果、まず私自身のこれまでの仕事の話、そして私の仕事である本の紹介、つまりブックトーク、そして私が生まれ育ち、自分の店とも切っても切れない関係にある京都の話、うまくいくかどうかわかりませんが、それらを全部まとめて同時並行にさせていただこうかと。要するにブックトーク形式で具体的に本を取り上げながら、誠光社という店と京都という街の関係が伝わればと思ってます。

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まず最初に「個人史」として私のこれまでの仕事を自己紹介がてらお話させていただきます。もともと恵文社一乗寺店という本屋でアルバイトをしていたんです。そこに20年ほど、最初はアルバイトとして、途中から店長として勤めて、2015年夏に退社、独立して同年末にいまの店を立ちあげるに至ります。独立してまだ二年弱なので、キャリアとしては恵文社にいた時間のほうがずっと長いです。

私が同店でアルバイトを始めたのは1996年か97年くらいの頃です。さきほど挙手していただきましたが、みなさんがお越しになった頃はおそらく横並びに本とギャラリー、生活雑貨のフロアが3つ並んだ、今と同じ状態になってからじゃないかなと思います。全部合わせると120坪くらいでさらには駐車場なんかも借りて、結構大規模な感じで営業をしています。私が入った時は、ギャラリーはあったものの生活雑貨のフロアもなく、せいぜいレジは二台程度の小じんまりした店でした。そこに学生の頃から通っていて、客の立場が自然にアルバイトになりました。その頃はまだ本がメインの小規模なものでした。

入ってみておろどいたのは、本屋さんや流通の仕組みなんかの説明を教えてもらうわけでもなく、先輩スタッフに「こんな本が好きで、レコード集めてて」なんて話をしていたら「じゃあ君ここの棚つくってみたら」なんていきなり任せられるんです。こういう風に注文して、売れたらこうやって補充してとか最低限の実用的な知識は与えられるんですけど全体像は見えないまま。要するに仕組みではなく、置きたい本ありきで商品構成がなされていたんですね。ある種幸運だったのは、セオリー度外視で、自分の持っている知識やセンスをどういうふうに見せるかということを最初っからやらせてもらってたんです。

この恵文社一乗寺店っていうところは京都の中でも「左京区」というエリアに立地しています。地図をご覧になればわかるかと思いますが、俯瞰してみると京都市の「左」ではなく右側に位置していますよね。これは南に向かって御所に鎮座した天皇から観て左後ろということなんです。左京区ってものすごく広いんですけど、大半は山です。だから左京区の中でもほんの一部の端っこが恵文社のある一乗寺ですね。どういうエリアかというと京都大学がまず中心に会って、京都造形芸術大学、京都精華大学、それから京都工芸繊維大に府立大学など、ようするに人文系、芸術系の学問を志す学生の多いエリアなんです。文学も哲学もアートもいわゆる就職して会社で活躍するための「実学」とは程遠いですよね。就職するための学問じゃない。卒業後もそういう学生たちは、生き方を模索しながらモラトリアム期間を過ごすケースが多いです。家賃は安いし、大学は多いけど企業はほとんどないからスーツ姿の人が圧倒的に少ない。日常的に受けるプレッシャーが少ないんですよね。今はどうかわからないけど、必然的にその地域にある恵文社にも、そういうスタッフたちが集まってきてたんですね。バンドやりながらとか、自分でミニコミ作ったりとか、フリーのデザイナーとして少しずつ仕事するかたわらとか、学生ではなく「元学生」が多かった。

で、そういうスタッフたちがそれぞれの知識やセンスを持ち寄ってテーマごとに棚を作っていたんですね。だからいわゆる「岩波文庫」とか「実用書」とかそういうインデックスではなく、かつあいうえお順に並べるわけでもなく、それぞれの得意分野を活かして新刊、旧刊問わず発注して棚作りをしていた。だからいわゆる「普通の本屋さん」だと思ってくる近所のお客さんなんかには不思議がられたし、「わかりにくい」なんて言う人もたくさんいた。でもそれに影響されずに、ある種店側の発信力が強いまま続けてきたことによって、徐々にそれが個性として受け入れられ始めるんですね。2000年前後、まさにフリーのデザイナーとして仕事をしながら掛け持ちとして勤務していたスタッフの発案で、割と早い時期に店のウェブサイトを立ち上げて、それがメディアとなってより遠くまで店の発信が届くようになった結果、全国から人が集まるようになりました。

(第二回に続く)