誠光社 SEIKOSHA

京都 河原町丸太町 書店

ブログ 何を読んでも何かを思い出す

小説の家

小説の家

1958年の1月から10月まで、10号に渡り『美術手帖』誌上に書き下ろし小説が掲載された。吉行淳之介や遠藤周作、小島信夫らいわゆる第三の新人と呼ばれる作家たちを中心に、挿絵にはそれぞれ異なる画家が起用され「小説と絵画のコラボレーション」がなされている。総合誌寄りの編集へとシフトした1960年代の同誌のトリッキーな誌面に比べると、特段奇を衒った企画ではないが、そのさり気なさと、執筆陣の豪華さ、誌面において企画意図が一切説明されていないことなどから、不思議と目を惹く記事だ。

それから50年以上のち、同じ美術手帖誌上で書き下ろし小説が不定期掲載される。今回も同じく企画意図には触れられず、監修者のクレジットも掲載されることはなかった。2010年4月号に小説=円城塔、挿絵=倉田タカシという組み合わせで、その後数カ月ペースで2014年までに10組の作品が掲載された。監修者、企画意図が不明である点、10組で完結するという点において1958年の「小説」企画へのオマージュであるらしいことは察することができるが、今回の企画はよりテキストと挿絵の関係が緊密なものになっている。イラストがテキストを覆い隠していたり、写真の中に本文が組み込まれたり、作家自身が挿絵を描いた回もある。

bijututecho

50年以上前の誌上企画に触発され、やや控えめであったそれを推し進めるかのような確信犯的キュレーションを手がけたのは小説家の福永信。連載終了から約2年が経ったいま、版元を変え刊行された単行本でようやくその全貌が明らかになったのだ。一部ビジュアルが差し替えられた組み合わせもあり、二本の原稿が追加されている。

IMG_4311

一本は栗原裕一郎による1958年の「小説」企画の背景を探り、考察する記事、もう一本は1958年に掲載された耕治人による小説の再録である。要するに単行本化に際して、より企画意図を明確にすると同時に、50年の時を混濁させるようなかき回しがなされている。耕治人の画家とモデルに関する艶っぽい話に添えられる、漫画家福満しげゆきによる挿絵の異化作用は強烈だ。白紙に白いインクで印字された阿部和重、テキストが写真にまではみ出す最果タヒ、親子のコラボレーションをみせるいしいしんじ。編者による作品とも読める謝辞、奥付と、すみずみにまで仕掛けが施された豪華装丁をてがけるのは名久井直子。

「この本のどの作品も、まともではありません。「まとも」な読者からすれば、ふざけていると思うこともあるでしょう。でも、「ふざけるな」、そう思ったとき、すでにその「まとも」な読者も、ぼくらの仲間です。」(あとがき)

驚きや、感心の前にまずあきれてしまう。それほどやりたい放題で贅沢なアンソロジー本だ。本書刊行を記念して、8月16日より同月末まで店内にて展示企画を開催。もちろんそのキュレーションも「首謀者」福永信によるもの。どのような仕掛けがなされているのか、是非ご来場してお確かめください。

2F675684-0310-447F-9D7B-6F172458784F

『小説の家』のための50のオビ
会場:誠光社
会期:8月16日-31日 10時−20時(最終日のみ18時まで)