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働く人を撮る。吉田亮人”Tannery”のこと

働く人を撮る。吉田亮人”Tannery”のこと

バングラディシュの首都ダッカの南西部、皮革産業地帯であるハザリバーグというエリアは世界保健機構によって世界十大汚染区域に指定されている。皮なめしの行程で大量の化学薬品を使用し、それらの排水はそのまま町に流れ、余った皮はそこらに廃棄される。数多くのジャーナリストにより告発されることでも知られる区域だが、周囲の環境に対する汚染は同時に工場内部にも及んでいることに注目する人は多くない。

写真家、吉田亮人はハザリバーグが周辺に及ぼす公害ではなく、その中で働く人々に注目し、カメラを向けた。化学薬品を扱う職人たちはみな軽装で、時に素手や素足同然で作業に従事する者たちもいる。専門家たちは、工場で働く彼らの寿命を50歳前後だと推測しているという。

ハザリバーグで働く彼らを撮影した作品をまとめた写真集 “Tannery”が先日入荷した。圧倒的な力を持った写真はまるでこの世の者ならざる異界を映し出すよう。色調はダークで混沌としていながら、労働者たちは観るものを圧倒するようなオーラを放っている。

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いわゆる表紙がなく、写真本編で始まるコデックス装の特殊造本は矢萩多聞によるもの。特装版は被写体となった工場でなめした皮を、現地の加工場でオーダーし、製作した皮ケース入り。通常版はボランティアたちのハンドメイドでできた紙ケースで、「コルドバ」という特殊紙に皺を加工し皮のような触感を与えている。驚くべきことに、この豪華な写真集は吉田さん自らによる自費出版というかたちで刊行されているのだ。

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ハザリバーグの劣悪な環境を批判し、資本家を攻撃するジャーナリストは数多いだろう。そこで生産された皮は、数多い日本企業にもオーダーを集めているという。安価な人件費と、国外の生産拠点を求めるグローバリズム経済をこの工場に重ね合わせることも簡単だ。

しかし、吉田さんの素晴らしいところは、自身の作品を安易な政治的メッセージの手段に貶めていないところだ。彼は写真家を志す以前は小学校の教師を務め、カメラに関する知識すら持ち合わせていなかったという異色の経歴の持ち主。写真で自己表現をしたかったからでなく、仕事の選択肢としてカメラを手に取った。”Tannery”と同じく矢萩多聞とのコンビで自費出版した最初の写真集”BRICKYARD”もまたバングラディシュのレンガ工場で働く人々が被写体だった。

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人が働くということに興味を持ち、複雑な環境下でもそれを生業に生きる人たちと交わり、良し悪しを一旦留保して撮影してみる。できた写真にハンドメイドの余地を残し、労働を経て写真集を発行する。写真の内容と、造本が生理的につながる仕掛けを施す。写真を撮って写真集にまとめそれを売ることと、関心の対象である労働するということがすべて結びついている。安易なメッセージではなく、より複雑なありのままを提示することこそがすぐれた芸術の本質だ。

「日本だとみんな知っている某ブランドの靴なんかもここに発注しているんです」

当店ギャラリーでの展示会期中、来客に写真の説明をする吉田さんの足元をふと見てみると、そのブランドのサンダルを履いていた。冗談のような話だが、そういうところに写真家としての彼の才能が表れているように僕は思う。わかりやすい答えを提示する写真なんて、面白くもなんともない。

  • Tannery
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